目次

マンション価格の「買い時」論を再考する

目次

――東京23区高価格帯中古マンションにおける在庫動向・市場流動性と価格調整の関係――

要旨

マンション購入において、「いつ買うべきか」といういわゆる「買い時」の議論は長く行われてきた。しかし、住宅価格は金利、所得、物価、建築費、土地価格、住宅供給量など複数の要因によって形成されるため、特定の時点を価格の底として予測することは容易ではない。特に、物価や建築費、名目賃金が上昇する局面では、金利上昇による価格下落圧力が存在する一方、住宅価格を下支えする要因も同時に作用する。

本稿では、2020年1月期から2026年7月期までの東京23区に所在する売出価格平均8,000万円以上のマンションを対象とし、170,792件の既存住宅の売り出しデータを用いて、個別マンションの在庫動向と流動性、ならびに販売終了までの価格調整との関係を分析する。その結果、在庫が継続的に増加するマンションでは、販売終了までの値下げ率が相対的に高くなる傾向が確認された。一方、在庫が減少または安定しているマンションでは、価格調整が相対的に小さい傾向がみられた。

以上から、マンション購入において重要なのは、市場全体の価格下落時期を予測することだけではなく、個別マンションが現在の価格水準で市場から選択されているかを把握することであると考えられる。すなわち、「いつ買うか」という時間軸だけではなく、「何を買うか」という個別物件の流動性に着目することが、今後の住宅購入判断において重要になる。


1.はじめに

マンション購入を検討する際、「今は買い時なのか、それとも価格が下落するまで待つべきなのか」という問題は、多くの購入検討者にとって重要な関心事である。特にマンション価格が上昇している局面では、「現在は価格が高すぎる」「いずれ価格が下がるため、それまで待つべきである」という見方が生じやすい。

しかし、「買い時」という概念を「マンション価格が最も安くなる時期」と捉えた場合、その時期を事前に正確に予測することは極めて困難である。住宅価格は単一の経済指標によって決定されるものではなく、金利、所得、雇用環境、物価、土地価格、建築費、住宅供給量など、多数の要因が相互に作用して形成されるためである。

例えば、金利が上昇すれば住宅ローンの返済負担が増加し、購入者の借入可能額が低下することで住宅価格には下落圧力が生じる。一方で、物価や名目賃金、土地価格、建築資材価格、人件費などが上昇すれば、住宅を供給するためのコストも上昇する。その結果、新築住宅の価格が高い水準で維持されれば、その価格水準が中古住宅市場にも波及する可能性がある。

このように、住宅市場では価格を押し下げる要因と押し上げる要因が同時に存在している。したがって、「価格がいつ下がるか」を一点で予測するよりも、現在の価格水準において個別のマンションが実際に市場からどのように評価されているのかを分析することが重要である。

本稿では、この問題意識に基づき、東京23区の高価格帯中古マンションを対象として、マンションごとの在庫動向と市場流動性に着目する。


2.マンション価格の「買い時」を予測する難しさ

マンション価格の将来動向を考える際、金利上昇は重要な変数の一つである。住宅ローン金利が上昇すると、同じ所得水準の購入者であっても返済可能額が低下し、結果として購入可能な住宅価格の上限が下がる可能性がある。また、景気悪化によって所得や雇用環境が悪化すれば、住宅需要そのものが弱まり、価格下落につながる可能性もある。

さらに、中古マンション市場において売り出し物件が増加すれば、購入者に対する供給側の競争が強まる。売主が早期の売却を必要とする場合、価格を引き下げることで購入者を獲得しようとする可能性が高くなる。

一方、住宅価格には上昇要因も存在する。物価上昇、名目賃金の上昇、土地価格の上昇、建築資材価格や人件費の上昇などである。特に新築マンションについては、土地取得費、建築資材、人件費、設備費などの上昇が供給価格に反映される。その結果、新築マンションが高価格化すれば、予算の制約から中古マンションへ需要が移動し、中古住宅価格を下支えする可能性がある。

つまり、金利上昇だけを根拠として「将来的にマンション価格が大幅に下落する」と判断することには限界がある。複数の要因が異なる方向に作用するためである。


3.名目価格と実質価格を区別する必要性

住宅価格を考えるうえでは、名目価格と実質価格を区別することも重要である。

例えば、マンション価格が一定期間ほとんど下落しなかったとしても、その期間に物価や賃金が上昇していれば、住宅価格の実質的な負担感は相対的に低下する可能性がある。逆に、マンション価格が10%下落したとしても、その間に物価がそれ以上に上昇していれば、実質的な価格水準が大きく低下したとは限らない。

したがって、住宅市場における「価格調整」は、必ずしもマンションの名目価格が大幅に下落する形だけで発生するわけではない。物価や賃金が上昇する一方でマンション価格の上昇率がそれを下回ることによって、実質的な調整が進む場合も考えられる。

この点からも、「マンション価格が下がるまで待つ」という購入戦略には不確実性が伴う。仮に価格が下落したとしても、その時点の金利や所得、物価水準が現在と同じであるとは限らないためである。


4.分析対象と方法

本稿では、2020年1月期から2026年7月期までの期間を対象とし、東京23区に所在する売出価格平均8,000万円以上のマンションについて分析を行った。

分析対象となった既存住宅の売り出しデータは170,792件である。市場に流通する中古マンションの売り出し情報を継続的に取得し、物件ごとの在庫動向を整理したうえで、販売終了までの価格変化との関係を検討した。

ここでいう在庫とは、一定時点において市場に売り出されている物件の蓄積状況を指す。在庫が減少しているマンションは、供給された物件が市場によって吸収されている可能性が高く、相対的に流動性が高いと考えられる。一方、在庫が継続的に増加しているマンションでは、新規売り出しに対して購入需要が十分に追いついていない可能性があり、流動性が低下していると考えられる。

分析では、マンションごとの在庫推移を、主として「減少傾向」「概ね横ばい」「増加傾向」の三つに分類し、それぞれについて販売終了までの価格調整の状況を比較した。


5.分析結果

分析の結果、マンションごとの在庫動向には明確な違いが確認された。

同じ東京23区内、あるいは同程度の価格帯に位置するマンションであっても、在庫が継続的に減少する物件が存在する一方、新規売り出しが積み上がり、在庫が増加し続ける物件も存在する。

この違いは、単純なエリア別の価格動向だけでは捉えることができない。市場全体の価格が上昇している局面であっても、すべてのマンションが同じように購入者から選択されているわけではないためである。

さらに、在庫動向と販売終了までの値下げ率を比較すると、在庫増加傾向にあるマンションほど、販売終了までに行われる値下げ率が相対的に高い傾向が確認された。

これは、現在の売出価格と購入者が評価する価格との間に乖離が存在する場合、その乖離を埋めるために価格調整が行われる可能性を示している。

もちろん、在庫増加が直ちに価格下落を意味するわけではない。売却事情によって一時的に売り出し件数が増加するケースも存在する。しかし、一定期間にわたり在庫増加が継続する場合には、現在の価格水準では需要が供給を十分に吸収できていない可能性が高くなる。

一方、在庫が安定している、あるいは減少しているマンションでは、販売終了までの価格調整が相対的に小さい傾向がみられた。これは、現在の価格水準に対して購入者が一定の価値を認めていることを示唆する結果である。


6.考察――「買い時」よりも「買ってはいけない物件」を見極める

以上の結果から、マンション購入における判断軸を「いつ買うか」だけに置くことには限界があると考えられる。

仮に将来的にマンション価格が下落したとしても、その時点で住宅ローン金利が上昇していれば、購入価格の低下によるメリットがローン負担の増加によって相殺される可能性がある。また、建築費や土地価格が上昇し続ければ、新築価格が大きく下落しない可能性もある。

さらに重要なのは、市場全体の価格と個別マンションの価格は必ずしも同じ動きをしないという点である。

住宅市場には、立地、駅距離、築年数、建物規模、眺望、間取り、管理状態など、個別物件ごとの固有条件が存在する。そのため、市場全体が上昇している場合でも、需要の弱いマンションでは在庫が増加し、値下げが必要になることがある。逆に、市場全体が停滞している場合でも、需要の強いマンションでは在庫が減少し、価格が維持される可能性がある。

このことから、購入者にとって重要なのは「市場全体が上がるか、下がるか」だけではなく、「そのマンションが現在の価格で実際に選ばれているか」という視点である。

特に、購入後の売却可能性まで考慮するのであれば、流動性は重要な判断材料となる。購入時点で価格が安いことだけではなく、将来売却する際に次の購入者が現れるかどうかが、住宅という資産の実質的な価値を左右するためである。

したがって、マンション購入においては「買い時を探す」という発想だけではなく、「買ってはいけないマンションを避ける」という発想が重要になる。

在庫が継続的に増加しているマンションについては、現在の価格と市場が評価する価値との間に乖離が存在している可能性がある。そのため、購入を検討する際には、単純に周辺相場と比較するだけではなく、過去の在庫推移や価格変更の履歴を確認することが望ましい。


7.中古マンションの資産価値と維持管理

今後のマンション市場を考えるうえでは、中古マンションストックの重要性がさらに高まることも考慮する必要がある。

新築マンションについては、土地価格、建築資材価格、人件費などの上昇に加え、都市部における供給可能な土地の制約も存在する。そのため、今後も大量の新築住宅を継続的に供給することは容易ではない。

一方、既存の中古マンションはすでに大量の住宅ストックとして存在している。今後の住宅市場では、これらの既存ストックをいかに維持し、流通させるかが重要な課題になると考えられる。

この観点からは、マンションの資産価値を決める要因として、立地や築年数だけでなく、維持管理の状態も重要になる。

適切な長期修繕計画が策定されているか、修繕積立金が適切な水準にあるか、必要な修繕工事が実施されているか、管理組合が適切に機能しているかといった要素は、建物の将来的な状態だけでなく、売却時の流動性にも影響する可能性がある。

したがって、中古マンションの購入に際しては、価格や立地だけではなく、管理状況や修繕計画についても確認する必要がある。マンション管理に関する評価制度などを活用し、建物そのものだけでなく、管理という側面から物件を評価することも有効である。


8.結論

本稿では、東京23区に所在する売出価格平均8,000万円以上のマンションを対象に、2020年1月期から2026年7月期までの170,792件の既存住宅の売り出しデータを用いて、個別マンションの在庫動向と販売終了までの価格調整との関係を検討した。

その結果、在庫が増加傾向にあるマンションでは、販売終了までの値下げ率が相対的に高くなる傾向が確認された。一方、在庫が減少または安定しているマンションでは、価格調整が比較的小さい傾向が確認された。

この結果は、マンション市場を考える際に、市場全体の価格動向だけではなく、個別マンションの流動性を分析することの重要性を示している。

マンション価格が将来いつ下落するのかを正確に予測することは難しい。金利上昇による下落圧力が存在する一方、物価、賃金、土地価格、建築費などの上昇によって価格が下支えされる可能性もある。また、名目価格が下落しなくても、物価や賃金との相対関係によって実質的な価格調整が進む可能性もある。

したがって、住宅購入において「価格が下がる時期」を待つことが必ずしも合理的とは限らない。

むしろ重要なのは、現在の価格水準で購入者から選ばれているマンションなのか、それとも在庫が積み上がり、価格調整を必要としているマンションなのかを見極めることである。

マンション購入は、単なる居住目的の消費ではなく、将来の売却可能性を含む長期的な資産選択でもある。その意味で、「いつ買うか」という時間の問題と同時に、「何を買うか」という物件選択の問題を考える必要がある。

今後の中古マンション市場においては、価格水準だけではなく、在庫の増減、販売期間、価格変更履歴などから市場流動性を把握することが、より重要な判断材料になると考えられる。

「買い時」を正確に予測することよりも、現在の価格で市場から選ばれていないマンションを避け、将来的にも需要が見込まれるマンションを選択すること。その視点こそが、不確実性の高い住宅市場において、購入者が取るべき現実的な戦略の一つである。

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