―建設工事費高騰時代における資産価値とマンション管理の関係―
1.はじめに
わが国のマンション市場は、現在、大きな転換期を迎えている。これまでのマンション市場では、都市部を中心に新築住宅が継続的に供給され、住宅取得者にとっては「新築か中古か」という選択が重要な論点となってきた。しかし、近年では建設工事費の上昇や人手不足、資材価格の高騰などを背景として、新築マンションの供給環境が大きく変化している。
建設工事費の高騰は、新築マンションの販売価格を押し上げるだけではない。事業採算性の悪化を通じて新築供給戸数そのものを抑制する可能性がある。その一方で、既存マンションは時間の経過とともに築年数を重ねるため、マンションストック全体の高齢化が進行することになる。
このような状況において重要性を増しているのが、既存マンションの「管理」である。マンションは竣工時点で完成する資産ではなく、その後の維持管理や修繕によって建物としての機能、安全性、居住性、さらには市場における評価が左右される資産である。
特に注目すべきなのが、管理組合の財務状況、すなわち「管理組合収支」である。修繕積立金をはじめとする管理組合の財務基盤が十分でなければ、必要な修繕工事を適切な時期に実施することが困難となる。反対に、安定した財務基盤を有する管理組合では、建物・設備の計画的な維持管理が可能となる。
本稿では、2024年1月から2025年12月までに収集された全国の中古マンション売出情報526,545事例を基礎として、建設工事費高騰とマンションストックの高齢化という社会的背景を踏まえながら、マンション管理、特に管理組合収支と資産価値との関係について考察する。
2.建設工事費高騰がマンション市場に及ぼす影響
近年、マンション建設を取り巻くコスト環境は厳しさを増している。資材価格の上昇、人件費の高騰、建設業界における職人不足、物流費の上昇など、複数の要因が重なり、建設工事費は上昇傾向にある。
マンション開発事業では、土地取得費、建設費、販売経費などを踏まえて事業採算性を確保する必要がある。そのため、建設工事費が上昇すれば、事業者は販売価格を引き上げる、土地取得費を抑制する、あるいは開発そのものを見送るといった対応を迫られる。
特に土地価格が高い都市部では、建設費の上昇分をすべて販売価格に転嫁することは容易ではない。住宅購入者の所得や住宅ローンの借入可能額には限界があるためである。その結果、新築マンションは価格上昇だけでなく、供給戸数の減少という形でも市場に影響を及ぼす可能性がある。
新築供給が減少すれば、住宅市場における既存マンションの相対的な重要性は高まる。新築住宅が十分に供給されない状況では、購入者は既存住宅を選択する機会が増え、既存マンションのストックとしての価値が一層重要になるのである。
3.マンションストックの高齢化と「長く使う」時代

新築供給が減少する一方、日本ではすでに大量のマンションストックが形成されている。これらのマンションは当然ながら時間の経過とともに築年数を重ねる。その結果、マンション市場では「新しいマンションが供給され、古いマンションが退出する」という循環だけではなく、「既存マンションをいかに長期間使用するか」という課題が重要になる。
推計によれば、2050年には築40年以上の分譲マンションが全体の約70%を占めるとされている。これは、築40年以上のマンションが市場における例外的な存在ではなく、むしろ主要な住宅ストックになることを意味する。
したがって、今後のマンション市場では、単純に築年数の若さだけを評価することには限界がある。同じ築40年のマンションであっても、適切な修繕が実施されている物件と、修繕が長期間先送りされている物件とでは、建物の状態、居住性、安全性、将来的な費用負担に大きな差が生じるためである。
すなわち、マンションの「築年数」だけではなく、「どのように年齢を重ねてきたのか」を評価する必要がある。ここにマンション管理の重要性がある。
4.マンション管理と資産価値
マンションの共用部分は、個々の区分所有者が単独で維持することはできない。外壁、屋上、防水、給排水設備、エレベーター、電気設備などについては、区分所有者全体が管理組合を通じて維持・修繕していく必要がある。
このため、マンション管理には、単なる清掃や設備点検を超えた「長期的な資産経営」という側面が存在する。
建物や設備は時間の経過によって劣化するが、適切な修繕を実施することで、その劣化を抑制し、機能や安全性を維持することが可能である。反対に、必要な修繕を先送りすれば、劣化が進行し、後になってより大規模な工事が必要となる可能性がある。
ここで重要なのが、修繕計画と財務運営の一体性である。長期修繕計画が存在していても、それを実行する資金が不足していれば、計画は実効性を持たない。したがって、マンション管理の質を考える際には、建物・設備の状態だけではなく、それを維持するための財務基盤にも目を向ける必要がある。
5.「管理組合収支」と「建築・設備」の関係

マンション管理の状態と資産価値との関係を検討するうえで、マンション管理業協会が公開するマンション管理適正評価は重要な分析材料となる。
同制度では、マンションの管理状態を複数のカテゴリーから評価し、管理組合の運営や財務といったソフト面だけでなく、建物・設備の維持管理などのハード面も評価対象としている。
この評価を分析すると、特に「管理組合収支」と「建築・設備」の間に強い相関関係が確認されている。提示された分析では、両者の相関係数は0.67であった。
これは、管理組合の財務基盤が安定しているマンションほど、建物や設備についても適切な維持管理が行われている傾向を示すものである。
この関係は偶然とは考えにくい。修繕工事を実施するためには資金が必要であり、資金を確保するためには、適切な管理費・修繕積立金の設定、滞納への対応、長期修繕計画の見直しなど、継続的な管理組合運営が必要となるからである。
したがって、「管理組合収支」は単なる会計上の指標ではない。それは、マンションが将来にわたって適切な維持管理を継続できるかどうかを判断するための重要な指標と位置付けることができる。
6.修繕工事費高騰時代における財務基盤の重要性
今後、この管理組合収支の重要性はさらに高まると考えられる。その最大の理由が、修繕工事費の上昇である。
建設工事費の高騰は新築マンションだけの問題ではない。既存マンションの大規模修繕や設備更新についても、人件費、資材費、物流費などの上昇によって必要費用が増加する可能性がある。
例えば、過去に策定された長期修繕計画において、一定額の費用で実施できると想定されていた工事が、実際の施工時点では大幅に高額となるケースも想定される。その場合、修繕積立金の水準が不十分であれば、一時金の徴収や借入れ、工事の延期などを検討せざるを得なくなる。
したがって、「修繕積立金が存在する」という事実だけでは、管理組合の財務が健全であるとは判断できない。重要なのは、将来必要となる工事内容とその費用を現実的に見積もり、それに見合った資金を確保できる仕組みが構築されているかどうかである。
特に、建物の高齢化が進むほど、給排水管、エレベーター、電気設備など、複数の設備更新が重なる可能性が高くなる。今後のマンション管理では、短期的な収支だけではなく、数十年単位の資金需要を見据えた財務運営が求められる。
7.管理状態と中古マンション価格の関係

さらに、マンション管理と資産価値との関係について、マンション管理適正評価制度の5つ星評価を用いた分析を行うと、興味深い傾向が確認される。
2025年と2024年の価格を比較した分析では、評価の星の数が多いマンションほど、「価格が上昇したマンションの割合」と「平均価格上昇率」の双方が高くなる傾向が確認された。

もちろん、マンション価格は管理状態だけによって決まるものではない。立地、駅距離、築年数、専有面積、眺望、周辺環境、市場全体の需給など、多様な要因が複合的に影響する。そのため、この分析結果だけから管理状態が価格上昇の直接的な原因であると断定することはできない。
しかし、同一物件の2024年と2025年の成約価格を比較し、その価格変動率と管理適正評価を突合することで、年度ごとのエリアや築年数の違いによる影響を抑えながら、管理状態と価格動向の関連性を検討できる点には意義がある。
少なくとも、管理状態の良いマンションほど市場から一定の評価を受けやすく、資産価値を維持・向上させる可能性があることは重要な示唆である。
8.これからのマンション選びに求められる視点
これまでマンション購入において重視されてきたのは、駅距離、立地、築年数、間取り、眺望、ブランドなどであった。これらの要素は今後も重要である。
しかし、マンションストックの高齢化が進む社会においては、それらに加えて「管理の質」を確認することが不可欠になる。
購入検討者が確認すべきなのは、単に現在の建物がきれいかどうかだけではない。長期修繕計画が適切に策定されているか、修繕積立金は十分か、過去にどのような修繕が行われたか、今後どのような工事が予定されているか、管理組合の収支は安定しているかといった点を総合的に確認する必要がある。
同じ築40年のマンションでも、計画的に修繕を実施し、財務基盤を維持してきたマンションと、修繕を先送りしてきたマンションでは、将来の負担に大きな差が生じる可能性がある。
したがって、今後の中古マンション市場では「築古だから安い」という評価ではなく、「築古であっても適切に管理されているから価値がある」という評価がより重要になると考えられる。
9.結論
建設工事費の高騰、新築マンション供給の減少、既存マンションストックの高齢化という三つの変化が同時に進行することで、日本のマンション市場は「新しい住宅を供給し続ける市場」から「既存住宅を長期間にわたり適切に使い続ける市場」へと転換しつつある。
この変化の中で、マンション管理の意味は大きく変わる。管理は単なる日常的な維持費ではなく、建物を長寿命化し、居住環境を維持し、将来の修繕負担を抑え、さらには資産価値を守るための投資である。
特に重要なのが管理組合の財務基盤である。管理組合収支と建築・設備の間に相関係数0.67という比較的強い関係が確認されたことは、財務の安定性が建物の維持管理能力と密接に結びついている可能性を示している。また、管理適正評価の星の数が多いマンションほど、価格上昇マンションの割合や平均価格上昇率が高い傾向も確認された。
もちろん、これらの結果は管理状態だけでマンション価格が決まることを意味するものではない。しかし、マンションが長期的な資産である以上、「どのように管理されているか」が市場価値を考えるうえで無視できない要素になっていることは確かである。
今後、築40年以上のマンションが市場の中心的なストックとなる時代において、購入者や投資家が見るべきなのは、単純な築年数ではない。「このマンションはこれまでどのように管理されてきたのか」「必要な修繕を実施できる財務基盤があるのか」「これから先も適切な管理を継続できるのか」という視点が不可欠となる。
マンションの資産価値は、竣工した瞬間に固定されるものではない。日々の管理、計画的な修繕、管理組合の財務運営、そして区分所有者の合意形成によって、長い時間をかけて維持・形成されるものである。
建設工事費が高騰し、新築住宅の供給が限られる時代だからこそ、既存マンションを「古い住宅」として捉えるのではなく、「適切な管理によって長く使い続けることのできる住宅ストック」として捉え直す必要がある。
これからのマンション市場において、資産価値を左右する重要な問いは、「築何年か」だけではない。「このマンションは、これまでどのように管理され、そしてこれからどのように管理されていくのか」。その問いに対する答えこそが、老朽化マンションの将来を分ける重要な要素になるのである。
調査概要
- 調査期間:2024年1月~2025年12月
- 調査機関:マンションリサーチ株式会社
- 調査対象:全国の中古マンション
- サンプル事例数:526,545事例
- 調査方法:公開されている中古マンションの売出情報を収集し、統計処理を施して集計
- 価格分析:2024年および2025年に成約した中古マンションについて、同一物件の価格変動率を算出し、「マンション管理適正評価制度」の評価点と突合して分析