目次

都心高騰が生んだ需要移転―主役となった城東エリア(足立区・葛飾区・江戸川区)

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都心高額マンションの流動性低下は何を意味するのか

要旨

東京都の中古マンション市場では、長期にわたる価格上昇が続いている。しかし、市場を価格指標だけで評価すると、その内部で進行している需要構造の変化を見落とす可能性がある。本稿では、東京都23区における中古マンション約43万件の売出データを用い、「在庫」の推移に着目して市場構造を分析した。

その結果、都心部では高価格帯・広面積帯を中心に在庫が増加し、流動性が低下する一方、城南エリアや城東エリアでは実需を背景とした需要流入によって高い流動性が維持されていることが確認された。本稿では、この現象を単なる価格調整ではなく、「住宅需要の移転」という視点から考察する。


調査概要

調査期間:2024年1月~2026年3月

調査機関:マンションリサーチ株式会社

調査対象:東京都23区内の中古マンション

サンプル数:438,586件

調査方法:公開されている中古マンション売出情報を収集し、在庫推移および面積帯別データについて統計処理を実施した。


1.価格上昇だけでは語れない東京都中古マンション市場

東京都の中古マンション市場は、この十数年間にわたり全国でも例を見ないほどの価格上昇を続けてきた。低金利政策、建築費の高騰、新築マンション供給の減少に加え、海外投資家や富裕層からの資金流入が重なったことで、とりわけ都心部では価格が急騰した。

市場全体を俯瞰すると、現在も平均価格は上昇基調を維持しており、「東京のマンション市場は依然として堅調である」という評価が一般的である。しかし、このような平均値による分析だけでは、市場内部で起きている変化を十分に捉えることはできない。

市場は決して一枚岩ではない。同じ東京都23区であっても、エリア、価格帯、面積帯によって需給バランスは大きく異なっている。特に近年は、その差が急速に拡大し始めている。

この変化を最も敏感に映し出している指標が「在庫数」である。

在庫とは、単に売れ残っている物件数ではない。市場に供給された住宅がどの程度の速度で吸収されているのかを示す指標であり、価格よりも早く需給変化を映し出す先行指標として位置付けられる。

価格は過去の取引結果の積み重ねで形成される。一方、在庫は現在進行形で市場参加者がどのような意思決定を行っているかを反映している。したがって、市場の転換点では価格よりも先に在庫の変化が現れることが少なくない。

東京都23区でも、まさにその現象が起き始めている。


2.都心5区で進む広面積帯マンションの流動性低下

現在、最も顕著な在庫増加が確認されるのは、都心5区における70㎡以上の広面積帯中古マンションである。

港区、千代田区、中央区、新宿区、渋谷区では、高額なファミリー向け住戸を中心として在庫が積み上がる傾向が明確となっている。

これらの住戸は本来、供給戸数そのものが限られている希少性の高い住宅である。過去には、共働き高所得世帯や経営者層を中心に安定した需要を維持してきた。

しかし近年、その価格上昇率は実質賃金や所得成長率を大きく上回る水準に達している。

例えば、数年前には8,000万円から1億円程度で購入可能であったファミリー向け住戸が、現在では1億5,000万円から2億円前後まで上昇する事例も珍しくない。

住宅価格がここまで上昇すると、住宅ローンによる購入可能額を超える世帯が急増する。

住宅市場では「欲しい人」と「購入できる人」は必ずしも一致しない。

都心に住みたいという需要は依然として存在している。しかし、価格上昇によって購入可能層が急速に縮小した結果、市場全体として流動性が低下し始めているのである。

重要なのは、この現象を人気低下と混同しないことである。

都心5区の住宅需要が失われたわけではない。むしろ居住ニーズやブランド価値は依然として高い水準を維持している。

変化したのは「購入能力」である。

価格だけが上昇し、それを支える実需の所得が追いつかなくなれば、取引件数は減少し、在庫は増加する。これは住宅市場に限らず、あらゆる市場で見られる需給調整の基本原理である。


3.流動性の低下は「供給の消失」と同義である

市場分析において、「流動性が低下した」という表現は、しばしば「売れなくなった」という意味で理解される。しかし、その解釈は本質を十分に表しているとは言えない。

流動性の低下とは、実需市場において成立していた価格帯が成立しなくなったことを意味する。

経済学では、市場とは売り手と買い手が価格を媒介として取引を成立させる場である。したがって、価格が実需層の支払能力を超えた瞬間、その住宅は市場に存在していても、実質的には「取引可能な供給」ではなくなる。

例えば、これまで都心で8,000万円台の住戸を購入していた世帯が、同等の住宅に対して2億円を支払うことは現実的ではない。

住宅そのものは存在している。しかし実需層から見れば、その住宅は購入対象から外れ、市場から姿を消したのと同じ状態になる。

これは供給不足とは異なる現象である。

物理的な住宅戸数は変化していないにもかかわらず、購入可能な住宅だけが減少することで、市場では供給が縮小したのと同じ効果が生じるのである。

この視点は、現在の東京都中古マンション市場を理解する上で極めて重要である。

市場で起きているのは、住宅需要そのものの消失ではない。実需が手の届く価格帯を求めて、新たな市場へと移動しているのである。

すなわち、都心高額マンション市場で起きた流動性低下は、一部の市場の停滞ではなく、東京都全体の住宅需要構造を変化させる起点となった現象と捉えるべきである。

需要は消えたのではない。購入可能な住宅を求めて、市場の別の場所へと移転し始めたのである。この「需要移転」こそが、現在の東京都中古マンション市場を読み解く上で最も重要なキーワードと言える。

後編では、この需要がどこへ向かったのかを、城南エリアおよび城東エリアの在庫動向から検証し、東京都中古マンション市場が「投資市場」と「実需市場」へ二極化しつつある現状について考察する。

4.城南エリアは都心需要の「第一次受け皿」となった

都心高額マンション市場で流動性が低下すると、購入を断念した実需層は住宅取得そのものを諦めるわけではない。多くの世帯は、予算、通勤利便性、住環境といった条件を維持できる代替エリアへと目を向ける。

実際に在庫推移を分析すると、目黒区、品川区、江東区、世田谷区、文京区では価格上昇が続いているにもかかわらず、都心5区ほど急激な在庫増加は確認されなかった。これは価格上昇によって需要が減退したのではなく、新たな需要流入によって市場の均衡が保たれていることを示唆している。

これらのエリアに共通する特徴は、都心への優れたアクセスと、都心5区よりも相対的に高い価格競争力である。

例えば、同じ予算で比較した場合、都心では60㎡程度が限界であっても、城南エリアでは70㎡台、場合によっては80㎡近い住戸を取得できるケースも少なくない。子育て世帯や共働き世帯にとって、この居住面積の差は生活の質を大きく左右する要素である。

つまり、城南エリアは都心市場の代替地として偶然選ばれたのではない。価格高騰によって行き場を失った実需を吸収する「第一次受け皿」として機能した結果、市場の流動性を維持してきたのである。

この現象は都市経済学でいう代替需要の発生と整合的である。ある市場の価格が急激に上昇すると、需要は価格弾力性に応じて近接市場へ移動する。東京都23区では、その最初の移転先が城南エリアであったと考えられる。

5.主役となった城東エリア

さらに興味深いのは、足立区、葛飾区、江戸川区といった城東エリアの動向である。

在庫データを見ると、これらのエリアでは高価格帯を含め中古マンション在庫が減少傾向を示している。一般的には価格が上昇すると需要は鈍化し、在庫は増加へ向かう。しかし城東エリアでは、価格上昇局面にあっても流動性が維持され、むしろ市場への吸収速度が高まっている。

その背景には、東京都23区内における優れた価格競争力がある。

都心部の価格高騰が続く中で、城東エリアでは依然として実需世帯が購入可能な価格帯が維持されてきた。さらに鉄道網の整備によって都心への通勤利便性も向上し、「価格」と「アクセス」の均衡が取れた住宅地として評価が高まったのである。

住宅購入において重要なのは、単純な物件価格ではない。

住宅取得総額、毎月の返済額、通勤時間、居住面積、教育環境、生活利便性など、多様な要素を総合的に比較した結果として購入判断が行われる。

例えば、都心近接エリアで60㎡の住戸を取得する選択と、城東エリアで80㎡超の住戸を取得する選択では、価格差だけでなく生活の満足度も大きく異なる可能性がある。

特に子育て世帯では、一部屋多く確保できることや収納スペースの充実は日常生活へ直接影響する。このような実需に基づく価値判断が、城東エリアへの需要流入を支えているのである。

すなわち、現在の城東エリアは「価格が安い地域」ではなく、「実需が成立する市場」として評価される段階へ移行しつつあると言える。

6.投資市場と実需市場の二極化

今回の分析から浮かび上がるもう一つの特徴は、東京都中古マンション市場が投資市場と実需市場へと二極化しつつあることである。

都心5区では、海外資金や富裕層による投資需要が価格形成に与える影響が極めて大きくなった。その結果、価格は上昇したものの、一般の実需層が参加しにくい市場へ変化している。

一方、城南エリアや城東エリアでは、依然として実際に居住することを目的とした購入が市場の中心を占めている。

投資需要は景気や金融環境、為替など外部要因によって変動しやすい。一方で実需は、就職、結婚、出産、子どもの進学といった生活イベントを背景とするため、相対的に安定した需要である。

そのため、実需比率が高い市場では価格変動が比較的緩やかであり、流動性も維持されやすい傾向がある。

在庫が減少しているという事実は、単に売れていることを示すだけではない。市場が健全に機能し、売り手と買い手の価格認識が一致していることを意味している。

この点において、現在の城東エリアは東京都中古マンション市場の中でも、最も安定した需給バランスを維持するエリアの一つとなっている可能性が高い。

7.「どこでも上がる市場」は終わりを迎えた

これまでの東京都中古マンション市場は、「東京であれば値上がりする」「都心であれば必ず売れる」という期待によって支えられてきた側面がある。

しかし、今回確認された在庫推移は、その前提が変化し始めていることを示している。

今後は、すべてのエリアが一律に評価される市場ではなくなる可能性が高い。

需要が集中する価格帯、実需が成立する面積帯、そして生活利便性と価格の均衡が取れたエリアほど、高い流動性を維持する一方、購入可能層を超えた価格帯では在庫が積み上がるという傾向が強まると考えられる。

つまり、市場分析において重要なのは平均価格ではない。

「どの価格帯に需要が存在するのか」「どの面積帯が実需に支持されているのか」「どのエリアで在庫が減少しているのか」というミクロな視点こそが、今後の市場を読み解く鍵となる。

結論―在庫は市場の未来を映す鏡である

在庫は、しばしば「売れ残り」の指標として語られる。しかし、本来の在庫とは、市場参加者の選択を最も正確に映し出す情報である。

消費者は限られた予算の中で最適な住宅を選択する。その積み重ねが在庫の増減となり、市場の将来を示すシグナルとなる。

今回確認された都心高額マンションの流動性低下は、需要の消失ではなかった。価格上昇によって実需が市場から排除され、その需要がより購入可能なエリアへ移転した結果である。

そして、その需要を受け止めたのが城南エリアであり、さらに価格と利便性の均衡が取れた足立区、葛飾区、江戸川区を中心とする城東エリアであった。

今後の東京都中古マンション市場は、「価格が上がる市場」から「実需が残る市場」へと評価軸が変化していく可能性が高い。

市場を読み解く上で重要なのは、価格の上昇率だけではない。在庫、流動性、価格形成の三つを総合的に分析し、その背後で動く需要の移転を捉えることである。

東京都中古マンション市場はいま、新たな転換点を迎えている。その変化を最も早く映し出しているのは価格ではなく在庫であり、在庫の動きを追うことこそが、これからの市場分析において最も重要な視点になると考えられる。

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